KAZ865_miagetakigi_TP_Vこんにちは。
自死遺族専門カウンセラーの向井はじめです。

息子を自死で亡くしたお母さんが来られた際、よく聞く言葉があります。

それは「私の教育が悪かったから」と。

ですが、僕はそのようには思いません。

至って普通の家庭と同じように、子どもと接しているように感じられるからです。

なぜ、このように思うのか、聴いてみると、どうやら「他人を責めるべきではない。」という信念をもっているからのようです。

今日は、「息子を自死で亡くしたとしても誰かを責めてもいい理由」というテーマでお話します。

「完璧主義」自分の理想を追求してしまう

「他人を責めるべきではない。」というのは、理想論です。
確かに、自分のことを許し、そして他人のことを許すことができたとしたら、心が楽になるのは間違いありません。

ですが、人は完璧ではありません。他人を責めてしまってもいいのです。

「他人を責めるべきではない」という信念こだわってしまうと、自分自身を傷めつけることがあるのです。
もちろん、「~ねばならない」「~すべき」という信念を持つことは、悪いことではありませんが、これらの思考が、僕達を苦しめていることがたくさんあります。

人はなぜ悩むのか?

人間が悩むのは、何故かと言うと、「期待」があるからです。その「期待」が満たされなかったとき、人間は悩むのです。

特に、「~ねばならない」「~すべき」という信念は、大きな「期待」があるときに生まれます。

ですが、もしそれがかなわなかったとき、大きなストレスを抱えてしまいます。

「なぜ自分はできないのか?」
「自分はだめな人間だ」

という思いで自分で自分の首を締めることになってしまいす。

そして、この「~ねばならない」「~すべき」という思考こそが、自己嫌悪、恥や罪の意識を感じる原因になります。

さらに、この状態が続くと、思考が停止してしまい、どんどん自己嫌悪に陥ります。

罪悪感に苛まれ、無気力な状態へとなり、最悪は死に至ることもあります。

「~するにこしたことはない」といい変えてみる

ですので、「~ねばならない」「~べき」「~してはいけない」という思考に気がついたら「~することにこしたことはない」「~しないにこしたことはない」と言い換えてみましょう。

もちろん、「~するにこしたことはない」というレパートリーだけではありません。

に越したことはない
が望ましい
ができたらいい

このようにアレンジすることもできます。

「責めてはいけない」
⇒「いつか許すことができたらいい」

「自殺してはいけない。」
⇒「自殺しないに越したことはない。」

「身内が自殺したことは話してはいけない。」
⇒「いつかわかってくれる人に話すことができたらいい。」

思考に「遊び」を入れる

車のハンドルやブレーキには、”遊び”と呼ばれる「隙間」や「ゆるみ」が必ずあります。

遊びがなければ、車に大きなストレスを継続的に強いることになるからです。

”遊び”は、負担を軽減させるためにあるのです。

これは、人間も同じです。

人間にも”遊び”がなければ、ストレスが大きくかかってしまいます。

完璧主義はもう手放しましょう。

だからといって、最初からすべてを完璧にしなければならないことはありません。

少しずつ、少しずつ、ご自身のペースで考え方を変化させていってくださいね。

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hajime

1989年生まれ。大阪育ち。大阪在住。大阪市立大学経済学部卒業。 小学校1年のときに、父親の自死、18歳の頃にパニック障害、突発性難聴を発症。23歳の頃には対人恐怖症、うつ病、自殺未遂を経験。以降「命とは何か?人生とは何か?」を考えるようになり、その答えを探すべく、スピリチュアルヒーリング、NLP、EFT、その他心理学、哲学を学び始める。2014年9月「悲しみから立ち直ることは必ずできる」というコンセプトのもと、自死遺族専門カウンセリングルームBESTLIFEを立ち上げ、述べ500名の方の心のケアを行ってきた。 優しい語り口と、豊富な知識から癒やしをわかりやすく体系化した独自のカウンセリングメソッドに定評がある。

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