2016/03/06

自殺した人は成仏できないのか?

 

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1989年生まれ。大阪育ち。大阪在住。大阪市立大学経済学部卒業。 小学校1年のときに、父親の自死、18歳の頃にパニック障害、突発性難聴を発症。23歳の頃には対人恐怖症、うつ病、自殺未遂を経験。以降「命とは何か?人生とは何か?」を考えるようになり、その答えを探すべく、スピリチュアルヒーリング、NLP、EFT、その他心理学、哲学を学び始める。2014年9月「悲しみから立ち直ることは必ずできる」というコンセプトのもと、自死遺族専門カウンセリングルームBESTLIFEを立ち上げ、述べ500名の方の心のケアを行ってきた。 優しい語り口と、豊富な知識から癒やしをわかりやすく体系化した独自のカウンセリングメソッドに定評がある。

ELL140924279779_TP_Vこんにちは。
自死遺族専門カウンセラーの向井はじめです。

「自殺はしてはいけないことだから、自殺をすると成仏できない。」そのように考える人が多いようです。

自殺という世間的にはタブーとされていることだからこそ、残された遺族は、「死んだあの人は天国に行けないのか?」と宗教観に悩まされることがあります。

今日は、成仏の意味を考え、残された遺族がどのように、身内の自殺について考えていきたいと思います。

なぜ自殺はいけないのか?

日本では自殺者が年間3万人近くいるとされています。仕事や人間関係のトラブル、家族の介護や病気に見舞われ、生きる気力を失ったとき、死を選ぶのではないかと不安になる方もいます。

そんなとき、仏教ではお釈迦様の逸話を話すそうです。
そのエピソードをご紹介しますね。

ある時、釈迦が托鉢中、

大きな橋の上で、辺りをはばかりながら一人の娘が、

しきりと袂へ石を入れているのを見つけた。

自殺の準備に違いない、と知った釈迦は、さっそく近寄り、優しくその事情を尋ねた。

相手が釈迦と分かった娘は、心を開いてこう打ち明けた。

「お恥ずかしいことですが、ある人を愛しましたが、今は捨てられてしまいました。

世間の目は冷たく、お腹の子の将来などを考えますと、死んだほうが

どんなにましだろうと苦しみます。どうかこのまま死なせてくださいませ」

娘は、よよと泣き崩れた。

その時、釈迦は、哀れに思い、こう諭している。

「愚かなそなたには、例えをもって教えよう。

ある所に、毎日、重荷を積んだ車を

朝から晩まで引かねばならぬ牛がいたのだ。

つくづくその牛は思った。

“なぜオレは毎日、

こんなに苦しまねばならぬのか、

自分を苦しめているものはいったい何なのか”と考えた。

“そうだ! この車さえなければオレは苦しまなくてもよいのだ”と、

牛は車を壊すことを決意した。

ある日、猛然と走って、車を大きな石に打ち当てて、

木っ端微塵に壊してしまったのだ。

ところが飼い主は、こんな乱暴な牛には頑丈な車でなければまた壊されると、

やがて鋼鉄製の車を造ってきた。それは壊した車の何十倍、何百倍の重さであった。

その車で重荷を同じように毎日引かされ、

以前の何百倍、何千倍苦しむようになった牛は、深く後悔したが後の祭りであった。

牛が、ちょうど、この車さえ壊せば苦しまなくてもよい

と思ったのと同じように、

そなたはこの肉体さえ壊せば楽になれると思っているのだろう。

そなたには分からないだろうが、

死ねばもっと苦しい世界へ飛び込まなければならないのだ。

その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも

恐ろしい苦しみなんだよ」

そして釈尊は、すべての人に“後生の一大事”のあることを諄々と教えられた。

娘は、自分の愚かな考えを深く後悔し、釈尊の教えを真剣に聞くようになり、

幸せな生涯を生き抜いたという。

このお話の中で、娘が救われて確かによかったのですが、

「死ねばもっと苦しい世界へ飛び込まなければならないのだ。その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも恐ろしい苦しみなんだよ。」

残された遺族は、この一節から、「あの人は今もなお苦しんでいるのだろうか?」と心配になられるのではないでしょうか。

釈迦は自殺を否定してはいない

実は、多くの方が誤解しているのですが、仏教では自殺は罪だとはしていませんし、延命処置の放棄すらも、仏教では必ずしも批判・否定されるものではないそうです。

もちろん、自殺を罪とするということと、自殺を勧めるとは全く異なったものです。

ですが、誤解を恐れず書くとしたら、仏教では、自殺を「絶対禁止」、「無条件に禁止」とはしていません。

釈迦自身も自殺を禁止していませんし、むしろ弟子たちの自殺も何人も黙認していたりします。

参考:http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3138/suicide_buddhism.html

そもそも成仏とは

成仏とは、煩悩がなくなって、悟りを開いた状態をさす言葉です。転じて、死んで仏になること。また、単に死ぬことを言います。

よく、「ご冥福をお祈りします。」というのは、”故人の死後の幸福”を祈ると言う意味です。

死後の世界は、僕達生きている人間にとっては、死んだことがないのでわかりません。

ですが、成仏が単に死ぬことだとしたら、成仏できないというのはおかしなことだと思うのです。そして、故人を思い、死後の幸福を祈ることは可能だと思うのです。

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1989年生まれ。大阪育ち。大阪在住。大阪市立大学経済学部卒業。 小学校1年のときに、父親の自死、18歳の頃にパニック障害、突発性難聴を発症。23歳の頃には対人恐怖症、うつ病、自殺未遂を経験。以降「命とは何か?人生とは何か?」を考えるようになり、その答えを探すべく、スピリチュアルヒーリング、NLP、EFT、その他心理学、哲学を学び始める。2014年9月「悲しみから立ち直ることは必ずできる」というコンセプトのもと、自死遺族専門カウンセリングルームBESTLIFEを立ち上げ、述べ500名の方の心のケアを行ってきた。 優しい語り口と、豊富な知識から癒やしをわかりやすく体系化した独自のカウンセリングメソッドに定評がある。
 

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